ホーム > 目次へ > 小説 > 鬼神戦記 侍神具

  
チューリップの涙 03

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、同じ本を読んでいるのね」
 そう、竜司に声をかけてきた女性の声だった。
 その女性は、白衣とは対照的な長い黒髪は、後ろにポニーテールで
まとめられ、鼻は若干ひくいものの、全体的に整った容姿と、ふっくらと
した唇が特徴的だった。
 親しげに竜司に声をかけられたが、目の前の女性など記憶に無い。
 誰だろうかと記憶の糸をたどるが、ついに思い出せない。
 そんな戸惑う竜司の様子を見てクスクス笑うと白衣の胸ポケットから、
瓶底メガネを取り出してかけて、両手で髪をポニーテールをくつった。
「これで、思い出したかしら? 竜司くん」
 無邪気に竜司をからかう言葉が、ふっくらとした唇から放たれた。
「亜沙美! 亜沙美じゃないか!」
 亜沙美は心からの笑顔を竜司に向けた。
 メガネをかけた亜沙美は、あのころと、ちっとも変わっていない。
 竜司は懐かしさに浸っていると、野球のボールが足元に転がってくる。
「かーさん! ボールをとってぇ!」
 元気の良い男の子の声が聞こえてくる。野球帽をかぶっている10歳
ぐらいの少年だ。
「母さんって、おまえ」
 竜司は、亜沙美に向かって、驚きと落胆で目を白黒させる。
「そうよ。私の息子。利勝よ」
「息子って・・・10歳ぐらいじゃないか」
 竜司はおもわず、自分の年齢で、亜沙美がいつ、あの男の子の母に
なったのかを逆算しようとしても、うまく計算できない。
 もちろん、考えるまでもないものの、淡い思い出の1ページが引き裂
かれたような、そんな気持ちが、計算を拒否させていたのかもしれない。
 亜沙美は、そんな竜司の気持ちが手に取るように分かるのか、心底
おかしそうに笑う。
 そんな笑顔は、優しげな目元が、竜司のことを愛おしいとも思われる
視線も含まれていたようだったが、気持ちが動転している竜司は、そん
なことを気がつく気持ちの余裕すらない。
 明らかに保安官失格の図である。
「ナンデとってくれないのさ!」
 亜沙美が竜司の反応を楽しんでいる間に、少年は待ちきれずに走っ
てボールをとりにきた。
「ごめん、ごめん。
 昔の友達に久しぶりにあってついね」
 亜沙美は利勝にウィンクをして謝るが、謝られた利勝は納得がいか
ないとばかりに憮然とほほを膨らませている。
 亜由美がボールを拾って投げると、その動作の拍子に金色の何か
が落ちる。
「おい、何か落ちたぞ」
 竜司が金色のアクセサリーを拾って亜由美に渡そうとした。
「きゃー!」
 どこからともなく女性の悲鳴が聞こえたかと思うと、ビーバーにむき
出しの鋭い犬歯を持たせた妖魔が女性に襲い掛かる。
 通行人は蜘蛛の子を散らすように逃げ回り、女性は、恐怖で逃げる
ことすらできなくなっていた。
「妖魔か!」
 竜司は、手に持っていたアクセサリーをポケットに入れ、非常事態に
でくわして、非番と再会を邪魔されたことを心の中で嘆きながら、保安
官としての任務を遂行せざるを得なかった。

チューリップの涙 02 へ 

チューリップの涙 04 へ

*小説は時間のある時にごゆっくりご賞味ください。
質問、感想などは、鬼神戦記 侍神具掲示板などに書き込みしていただければ、モチベ
ーションもあがります(笑)

あ、これは読んだな、タイトルへ戻ろう(^∇^) いや、ホームかな?