チューリップの涙
06
水間利彦。 竜司は、まさか彼の名を亜沙美から耳にするとは思っていなかった。 そして、亜沙美が水間に自分の息子を預けるように頼むということは、想像だにしていなかった。 とはいえ、利勝に、母親のことをなんと伝えれば良いのか。 それが当面の問題だった。 が、しかし、案ずるより産むが易しとはよく言ったものである。 利勝に、水間のところへ行くように利勝にいうと、利勝は母親の死を悟ったようである。 正直、竜司にとって信じられないことではあった。 しかし、利勝は、亜沙美は、つねに自分の息子にもしものことをがあったときのことを話されていたというのだ。 「まったく、ガキは、ガキらしく、泣けば良いもの」竜司はため息交じりに呟いた。 「泣いたって、母さんはもどってきやしない」利勝の言葉はどこか涙にぬれている。 竜司にとって、目の前で素直に号泣された方がずっと楽だった。その方が竜司の悲しみもまぎれるというものだ。 「やれやれ、で、水間のオジキの行くのは準備OKってわけだな」 「え? 兄ちゃん、水間さんのことしっているの?」 「俺の叔父だからな。 知らないわけが無い。 だいたい、なんで、お前の母親の口から、オジキの名前が出てきたのか不思議なくらいだ。 ・・・まぁ、想像はつくがな」 この研究所のスポンサーであり、仕事上の付き合いで、交際でも申し込まれていたのだろう。 と竜司はたかをくくっていた。 「・・・水間さんは、僕の父さんだ・・・」 「なっ」竜司は、自分の耳を疑い、言葉を失った。 だが、亜沙美の言葉はこれで頷ける。 実の父に子供を預けるのは当然だ。 そして、竜司と利勝は、水間のいるマジックエリート社に向かうのだった。 マジックエリート社。 魔法を商品とする会社である。 魔法という存在が、一般的に認知を得る以前は、小さな会社だったが、魔法の認知を得ることで、一気に大きくなった企業である。 その企業の発展の手腕をふるったのが、マジックエリート社の社長水間利彦だった。 水間は、すべての出来事を予知していたかのように、大胆な経営をし、成功を収めていた。 さらに、魔法という分野を商品とする企業などあるはずもなく、対妖魔の対策である魔法というシェアはマジックエリート社の独壇場であったといえる。 竜司と利勝はマジックエリート社の本社ビルの前に立つが、ガードマンが立ちはだかった。 「大変申し訳ありませんが、マジックエリート社に御用のある方ですか?」 ガードマンは、憮然とした表情で質問した。 「ああ、オレはここの社長の甥だ。 親族が会いに来てなにか疑問でも?」 「いいえ、疑問はありませんが、念のため、身分証明書と親族であることを証明するものをお願いします。 最近は物騒ですから」 ガードマンは、竜司の言葉を信じるつもりは一切無いようだ。 そもそも、親族であることを証明するものなんて用意する親族なんてそうそういない。 逆に、それを見せたとしても、疑われるのがオチだ。 竜司は、おもわず利勝が水間の子供であることを伝えようとしても、どうせガードマンが信じるわけも無いことはわかりきっていた。 そんなガードマンと竜司をわき目に、高級車が停車し、そこから水間が下りてきた。 「なんだ、本人が帰ってきたじゃないか よし、勝利、行くぞ」 竜司は勝利の手を引き、すかさずガードマンをすり抜けるようにかわた。 「あ、こら! おまえ」 ガードマンは、竜司を取り押さえようとするが、竜司はそれを軽快にかわして、竜司と勝利は、水間のところにかけよる。 「よう、叔父貴。 ひさしぶりだな」 「なんだ、竜司か。どうした。小遣いならやらんぞ」 水間の言葉に竜司は苦笑する。 たしかに、竜司は、水間のところに行くときは、小遣いをせびるときだけだったのだから仕方が無い。 竜司はそうおもわれてもしゃーないと思いながらも、勝利の存在を思い出して、ここに来た理由を告げる事にした。 「なにをいってる、お前の子供をつれてきたんだ」 「なんだと・・・」 竜司には、水間は少しだけ青ざめたようにおもえたが、すぐにいつもの竜司が知っている叔父の表情に戻った。 「おい、午後からのスケジュールはすべてキャンセルだ」 水間の言葉が信じられないという表情で言葉を失う秘書。 二の句が告げない秘書をほおって置き、水間は竜司の隣の利勝に視線を落とした。 「ん、お前が利勝だな。 お前にも話しておかなければならんことがある。 くるんだ。二人とも。 そして、亜由美の最後を聞かせてくれ」 「な、なんでわかるんだ」 竜司は、思わず大声で言う。 「まぁ、だまってついてこい。竜司、利勝」 竜司と利勝は、水間に連れられて地下室にやってきた。 「ここは、魔法によって守られた結界の中だ。 ここなら、やつらに盗み聞きされることもないだろう」 「やつら? やつらって誰だ」と竜司。 「鬼だよ」当然だと言いたげに水間がいった。 「ちょっとまて、鬼だと? それは、妖魔じゃないのか?」 「妖魔の一種といえば、そうかもしれんが、 妖魔よりもっと、厄介だ。 妖魔は人間を捕食するが、その妖魔を捕食するのが鬼だ」 「妖魔を喰うって、だったら、味方じゃないのか」 「いや、妖魔に人を捕食させているのは、鬼だ。 妖魔が家畜なら、人間は家畜の餌だ」 「な、なんだと」 「だが、人間も黙って餌になることもなく、魔法とその道具、侍神具を作り出した。 一説には、人と恋仲になった鬼が作り出したともいわれているが、今はそんなことはどうでもいい。 鬼に対抗できるオーパーツがあり、我々はひそかに、侍神具と、侍神具に選ばれた、侍神具を使いこなせる人材をあつめている。 研究所にあったオーパーツに触れたのはどっちだ?」 「さむらいじんぐ・・・」利勝がこぼれた言葉だった。 そして、勝利は、水間に質問をする 「さむらいじんぐと、お母さんは関係あるの? ・・・その、水間さん・・・」 勝利は、自分の言葉を聞いて、自分でも戸惑いが隠せないことがわかった。 「そうだな・・・ある・・・とだけ言っておこう。 それよりも、どっちが選ばれたんだ」 「おい、オジキ! 子供にそんな言い方があるか! 仮にも・・・」 竜司がそう怒鳴りかけたとき、ドアから傷だらけのガードマンが入ってくる。 その表情は、恐怖で言葉をうしないかけているようだった。 「ば、化け物が・・・」 ガードマンがかろうじてそういい終えた瞬間、ガードマンは鮮血にまみれた。 その後ろからは、 ビーバーにむき出しの鋭い犬歯を持たせた妖魔が現れた。 それは、亜由美と竜司の再会を時に現われた妖魔だった。
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