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● AT−0023
 密閉された空間に沈黙が流れる。
 その空間には音の代わりに、周期的に赤、青、黄色、緑、白と光に包まれる。
その光りはある種のリズムを取って、音楽的な印象をあたえる。そんな空間の
中心に、目を閉じた一人の少女いた。少女の頭部には、脳波を測定するための
線が繋げられていた。少女は置物でもあるかのように微動だにしない。それは、
ギリシア神話に登場する女神の彫像のように容姿が整っていた。
 それをディスプレイ越しにさまざまなデジタル表示の計器に囲まれた部屋に
白衣を着た男がいた。
「AT−0023。お前は美しい…」
 白衣を着た男は恍惚の笑みを浮かべ、AT−0023を見つめた。AT−0
023と呼ばれた有機物で出来た人形は、その男の声に反応するかのようにま
ぶたを開く。
 「い、今出してやるぞ。お前の望んだ外の世界へ」
 外とはその密閉された空間だろうか? それとも、LDの外。あるいは、人
の先入観が自ら作り出した、一生抜け出せない精神の監獄のことなのだろうか?
ただ、男を冷静に観察するものがここにいたならば、そんな事など意識してい
ない事が良く分かる。男の瞳は操り人形のように、意思など一欠片も感じさせ
られない。男はAT−0023に魅せられ、彼女の願いは自分の願いと錯覚さ
せられているのだ。
 男はドアのロックを解除し、ドアの封印が解かれた。AT−0023はディ
スプレイ越しで見るよりも魅力的で、男はAT−0023に釘付けだった。
「いかんなぁ、観察者が観察対象に特別な感情を抱くのは」
「か、神崎博士」
 神崎博士と呼ばれた男は、高価なスーツに身を包み、博士というより、青年
実業家であるような印象を受ける。
「もっとも、それは実験の成功と見るべきかな?
 どちらにせよ、お前は用済みだ」
 神崎と呼ばれる30代の男は「飛鳥」と秘書の名を呼んだ。飛鳥は神崎の背
後から現れた。飛鳥は微笑みながら、男の頭を両手でつかむと、表情一つ変え
ず、男の首を180度回転させる。
「これで、また一人有能な人材が失われたな」
「あなたは…だれ?」
 AT−0023は目の前で人が殺されたことなど気にせぬように、神崎に質
問する。
「私か? そんなものはどうでも良い。外に出たいのだろう?」
 神崎の言葉にAT−0023は静かに頷く。数日前、後ろにある密閉された
空間が彼女の世界の全てだった。しかし、そうではない事を知ったのは、偶然
流れてきた音楽が聞こえて来たのだ。
 これまで、聴覚からの刺激など殆ど無かったAT−0023にとってそれは
あまりにも大きな衝撃だった。そして彼女は強く、この部屋から出たいと願っ
ていた。
 その願いは視線に宿り、さっきの男がこの部屋の扉を開かせたのだ。
「サイコチャーム。それがクラウンとしてのお前の能力だ。だが、その能力も
初対面の人間に強い効果を見せるが、お前自身に対して先入観を持つものは、
その能力はたちまち薄れてしまう。それほど、人間の先入観を破壊する事は困
難な事なのだ。
 もっとも、こんな事を言ってもお前には分かるまい。AT−0023よ。
 さぁ、旅立つがいい。私の未完成品達と共に」

第2回へ続く

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