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●九重神一郎A
 ジンとジョーが教会に到着すると、救急車に乗るシスターの姿を見か
ける。
 ジンは救急車のあたりをじっと凝視すると、そこには喫茶ルナにいた
真理逢というシスターと医療ロボットに治療を受けている黒いラバー
スーツを来た男を確認した。
「ジョー、あれを踉けるんだ」ジンは救急車を指差した。
「了解!」
 ジョーはジンを降ろし、病院に向かうであろう救急車を尾行した。

 ジンは、ゆっくりと殺伐とした教会に足を踏み入れる。
 教会の門を潜ると、LDの中とは思えないほどどこか殺風景で、テレビ
に出てくる西部劇の舞台のような空気が漂う。
 人の気配がまるでない教会は、すでに廃墟と化しているようだ。だが、
土地も建物もすべてUNIT64によって管理されているLD内では、
廃虚というものは存在しない。
 不要と判断されたものはすぐさま撤去され、必要な物に変わってしま
う。
 それは、ただでさえ、少ない限られたLDの空間という資源を合理的
に利用するための管理である。LDでは土地はもちろんの事、その周り
にある空間すら価値のある物となっていたのだ。
 ジンはこの場で理由もなく襲われてもおかしくはないと思いはじめる。
それだけ教会の敷地内は異常な空気を漂わせていた。
「何かご用ですか?」
「だれだ!」
 背後から声をかけられ、ジンは身構えるように振り向く。
「それは、私の質問です。私はこの教会の管理をしている牧師です」
「あ、ああ、すまない」
 ジンは非を認めたものの、必要以上の言葉を発しない。
 牧師はそんなジンを観察するように眺める。まるでジンがその怪我人
を傷つけた加害者であるかのような目だ。しかし、牧師の澄んだ目は、
ジンが無実であると判断したらしく、穏やかな笑みを浮かべ、その容疑
を捨て去ったようだ。
「この教会にどのようなご用件で?」
「ああ、人捜しだ」
「人捜し? どのような方ですか?」
 ジンは牧師に写真を見せる。
「さぁ? 見たことはありませんねぇ。この方が何か?」
 ジンは首を振り、質問の回答を拒否する。牧師は悲しそうにジンを見
ると、2、3言葉を呟き十字の印を切る。
「主は、迷える子羊の不徳をお許しになられますよう」
 牧師が祈りの言葉を言っている間、ジンは「ちょっと、だけ邪魔をす
る」と一言断ってから教会の扉を開くと、教会の壁は無数の弾痕があり、
硝煙のニオイもかすかに残っていた。
「これはどう言うことだ? 牧師さん」
 ジンが振り返ると、まるで最後の審判を目の当たりにでもしたかのよ
うに目を見開き放心している牧師の姿がそこにあるだけだった。
「主よ、あの者達は知らないだけなのです。自らが何をしているか、ど
のような罪を犯し、そして犯そうとしているか、知らないだけなのです。
 主よ! どうかあの者達をお許し下さい」
 牧師は正面にあるキリストの像に跪き、そう祈りの言葉を呟くように
何度も繰り返していた。


●轟丈太郎その@
 その頃、バイクに乗る轟丈太郎は、近くにある病院を走り去る救急車
の後を踉けていた。
(なんだよ、あの救急車。中央病院を過ぎて、YS製薬の経営する病院
の方に向かっている)
 YS製薬とは、松戸LDを中心に様々な薬品を取り扱う大企業である。
ジョーは、ジンの下で仕事を手伝うようになると、少しばかり裏の社会
の情報にも詳しくなってくる。
 裏の社会ではYS製薬は、合法的な医療薬の他に、覚醒剤を始めとす
る様々な違法薬品の密売も手がけて貪欲に大きくなっている企業という
側面もあることを知っている。
 しかし、だからといってYS製薬を取り締まり、営業を停止させてし
まうと、医療薬品や医療器具などの流通がストップし、更に、YS製薬
が持つ薬品に関するノウハウが社会から失われてしまい、医療関係の秩
序が乱れるという現実もある。
 LDを管理するUNIT64もLDの秩序さえ乱さない組織ならその
存在を認めているし、社会を形成する上では、むしろYS製薬の様な組
織は必要だと判断しているようである。
 ジョーは近くの無人駐車場に入り、入り口にあるディスプレイにジョ
ーの顔を映す。
「マツドLD市民、ホンゴウタケシデアルコトヲ確認シマシタ。バイク
ノ駐車ヲ許可シマス。マニュアル2輪車デスノデ、青イランプノ指示ニ
従ッテ車両ヲ駐車シテ下サイ」
「ありがとさん」
 ジョーはほくそ笑みながら、そのディスプレイに向かって軽く手を挙
げて挨拶をした。こういったときのために偽造のICチップを額に埋め
込んでいるのである。
 青い電磁蛍光板の矢印の指す方向に従ってバイクを走らせる。
 無機的なコンクリートで囲まれた空間は、デジタルな光の線で結ばれ
る仮想空間のように感じられる。
 ジョーはバイクを止めると駐車場のビルの屋上に上ると、病院を一望
した。ジョーの目はジジっと小さな音を立てて病院の周りの観察をはじ
める。
 ガードマンが必要以上に配置されていることが確認できた。また、窓
ガラスがかなり厚そうであることも推測できた。。また、時折窓ガラス
を狂ったようにたたきつける患者らしき姿も確認できた。
「大企業だけに警備も凄いな・・・・。とてもじゃないけど中に入れないや」
 ジョーがしばらく見ていると、2階の窓ガラスに視線を動かすと、若
い男の患者のいる病室に女医と医者が向き合って話し合っている姿を見
つけた。
 ジョーがそう呟いていると、男の医者が女医の肩を掴む。女医はそれ
を避けるようにすると、医者の股間を力一杯蹴り飛ばした。
「おいおい、ただ事じゃないぞ」
 ジョーはすぐさまバイクにキーを射し込んでいた。
 グオンゴンゴン!!
 爆音と共にバイクが走り出す。
「アラームメッセージ! 駐車場内では徐行で走って下さい」
 駐車場内に警告の声が響きわたるが、ジョーはお構いなしに走り続け、
駐車場ビル2階から飛び出る。
 空を飛ぶバイクを微妙なバランス感覚で体勢を保ちつつ、バイクが元
から空を飛ぶための乗り物のように操りYS製薬の病棟に直接飛び込み、
窓ガラスをまき散らし、見事目的の病室に飛び込む。
「なによ! あなた危ないわよ!」
 いつもは冷静そうな雰囲気を持っている女医は目を丸くしてそう叫ぶ。
患者は驚いた様子もなくその様子をただ眺めているようである。かわい
そうな医者は女医の足下にうずくまっていた。
「白馬に乗った王子様のつもりなんだがね」ジョーはヘルメットを脱ぎ、
女医に渡す「俺は何でも運ぶ運び屋もやっているんだ」
 ジョーの本気ともジョークとも取れないセリフに、冷静さを取り戻し
た女医は腕組みをする。
「・・・・タイミングが良すぎるけど、この場合、あなたに運ばれた方がい
いみたいね。
 喫茶ルナまでお願い。あそこの常連さんにたしか刑事がいたはずだし
・・・・道はしっていて?」
「ああ、俺、轟丈太郎、みんなジョーって呼んでいるよ。俺もルナの常
連なんだけどね。おっと、悪者がやってきたな。詳しい話は後だ。しっ
かり掴まっていて」
 ジョーはウィンクしてから、病棟の廊下をバイクで走り抜け、裏口か
ら外に出る。
 当然、ガードマンが前を遮るが、ジョーはバイクで突撃する。ガード
マンは信じられないと言う表情をして逃げる。仕事よりも自分の命が大
事なのは今も昔も変わらないのだろう。
 ジョーはそのまま病院の門まで疾走する。門のシャッターはゆっくり
と落ち始める。ジョーは右足を軸にしてバイクを回転させると、遠心力
を利用して横にねせたバイクを閉まりかかったシャッターと地面の隙間
をくぐり抜ける。
シャッターと衝突する、衝突しなくても路上に出たとたんに何かと衝
突する。そんな映像が女医の頭を過ぎる。
 死ぬ。
女医は本気でそう思った。
が、しかし、ジョーは右足の膝をブレーキがわりに利用して減速させ、
路上にあった柱に片手で掴まる。その柱を軸に90度カーブを曲がり、
体勢を強引に立て直し、そのまま高速トンネルを駆け抜けた。
「ヤッホー! 脱出成功!」
 ジョーは悪戯っ子のような無邪気な笑みを浮かべてそう叫んだ。

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