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●矢島智樹(やじま・ともき)
 矢島は、朝からYS製薬の息がかかっている病院を渡り歩いていた。すでに4
件目だったが、いまのところ有力な手がかりはない。
「今日はここで最後にするか・・・・」
 ちょうど、ナースステーションから出てきた看護婦を捕まえて、IDカードで身分
をあかした。
 その後、矢島は責任者の部屋へ案内された。責任者は30後半のキャリアウー
マンといった印象である。矢島は彼女に捜査の協力要請書が映し出されているコ
ミュニケーターを手渡し、端末の使用許可を頼んだ。もちろん微笑みは忘れずに。
「ご協力いただけますか? 情報としては、勤怠と物資の搬入記録がいただきた
いのですが」
 責任者は、目を通したコミュニケーターを矢島に返した。
「要件はわかりました。あちらの端末を使って下さい。忙しいので、お手伝いは
出来ませんがね」
 責任者は可能な限り事務的に対応するが、矢島を見る目には情熱が感じられ
る。
 責任者はふと我に返ったように、端末に向かい自分の仕事を続けた。
 矢島は即座に指定された端末へ移動し行動を開始した。本当は担当医の許
可などとっていなかったので、書類の細工等が見破られないように迅速に行動
した。
 矢島は端末から情報を引き出すと、コミュニケーターへデータを転送する。そ
して、端末から操作した痕跡を消す。この作業は5分もかからず終了した。矢島
は責任者に礼を言うと、病院を後にした。
 一度、署に戻ろうと考えたが、余計な仕事がありそうなので適当な場所に車を
止めた。
 手始めに、勤務状況の情報分析を始めた。その処理中のメッセージを眺めな
がら、車の窓をあけ、煙草に火を付け一服する。
「ふぅ。ここが一番、夜間勤務が多いな。あとは・・・・専門家に頼むか」
 時計の時刻と、物資の搬入記録の情報量を見て決断をくだしそうつぶやくと、
煙草の火を消し、自宅へ向けて車を滑らした。
 矢島が自宅へ付くと、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
 コーヒーメーカーはコーヒー豆を自動的に取り出して、ミキサーにかけ、弾か
れた豆は茶色の粉となり、フィルターに入れられる。その間に沸かされていた
お湯がフィルターを通して、薫り高いコーヒーができあがった。
 コーヒーはすでに矢島の好みにできあがるようにプログラミングされている。
 矢島は椅子の上に上着を無造作にかけて、コーヒーを取り出した。そして、
端末の前でコーヒーをすする。端末には時計を枕に昼寝をしている狼のマスコッ
トが表示されていた。タイマーはまだ24時間を指している。
「なにはともあれ、こっちは本業の足で地道な聞き込みをするしかないな」
 意味不明な独り言。実は、矢島は探偵にある仕事を依頼していたのだ。
(報酬、食事だけじゃだめかな?)
 そんな甘い考えを持ちつつ、しばし、休息の時を過ごした。

●小川真琴(おがわ・まこと)
 ディスプレイを見つめるのは小川真琴、さっぱりした髪型に中性的な容姿の
上に、華奢な体つきが、女の子を思わせるが、化粧っけの無さと女性独特の
甘い雰囲気が無いところから男の子のような印象もある。そんなところからマ
コトの性別の判断を難しくさせている。
 ディスプレイ上に流れるデータを即座に処理していたとき、送信者が匿名の
メッセージの着信を確認した。
(だれだろう)
仕事の手はとめたが、同じ速度でメッセージの送信元を調べ始めた。発信者
の素性が分からない場合は危ない橋を渡るのと同じだからである。いつもなら
すぐに突き止められるはずの情報がなかなか出てこなかった。
(んっ、プロテクトがかけられてる?)
 キー操作の手を止める事なく、マコトは細心の注意を払いプロテクトを除去し、
メッセージ内容を読んだ。
>君の能力を見込んで、早急に分析を頼みたい仕事がある。受ける、受けない
は分析する情報をみてから決めてくれ。良い返事を待っている。
貪欲な狼より
(ふざけてるのか、それとも・・・・)
メッセージ内容に少し戸惑いながらも、サイバーアイに情報の格納先と、パス
ワードを記憶し、メッセージを消すと、2通同時にメールが届く。タクのメールと
カズサのメールだ。マコトはタクのメールを開く。
>W リリトには気をつけろ。
「W」とは、警告を意味する文字である。その後の一文が、警告の内容である。
マコトはもともと、YS製薬とリリトについてタクへいろいろと途中経過を聞
きたかったこともあり、タクへHNET回線をつないだ。
しかし、応答が無い。
(ちぇ、留守か。まぁ、仕事の依頼だけしておこう)
マコトはタクへ催促のメールを送った。
>例の件、途中経過よろしく「W」の詳しい内容をよろしく
マコトは、ついでに自分の所属する探偵協会にも「YS製薬」と「リリト」について
調査を依頼する。
 探偵協会とは、探偵希望の人材に探偵のノウハウを伝える一種の探偵学校
のようなことを表向きで行なっているが、実は裏情報バンクと言われ、さまざま
な情報をデータベース化し、必要に応じて情報を売っている。探偵協会に所属
する探偵はそのデータベースを無料で利用できる権利を持つが、月に一回、仕
事の報告レポートを提出すると言う義務を持たされる。
もちろん、すべての探偵が探偵協会に所属しているわけではない。
そして、マコトはカズサからのメールを開くこと無く、外に出る支度をする。
カズサのメールは決って内容が短く、要領を得ない。実際に会いに行った方が
早いのだ。

「良く来てくれたわね。でも、メールは開いてないわよね。開封通知とどいてな
いもの。マコト君」
 小川一砂(おがわ・かずさ)は30代半ばの短い髪の白衣を着た女性であり、
彼女の白衣姿が非常に似合っている。その眼鏡は、彼女を知的に見せ、見る
からに学者タイプの女性だった。
「ああ、カズサさん。開かなくても母親の考えていることなんか分かるよ。珍しい
紅茶の葉でも見つかったんでしょ」
 カズサは、満足そうに頷いて、来客にお気に入りのティーカップに紅茶を入れ
て差し出す。奥のカウンターテーブルには今となってはレトロな紅茶をいれるセ
ットが置いてあり、紅茶は機械に入れさせてはまずくなるというカズサのこだわ
りが伺える。たしかにマコトはカズサのいれる紅茶が一番美味しいと思う。それ
は子供の頃から慣れ親しんだものだからなのかどうかは定かではない。
「そうそう、今度、YS製薬から面白い食品が売り出されたの。綾小路百合(あ
やのこうじ・ゆり)って娘が発案して製品化されたみたいなんだけどね、これ一
つで1日分すべての栄養がはいっているそうよ。とりあえず、成分を調べてみた
けれど、よくできているわよ。同じ学者だけにツボを抑えているわ」
 カズサはブロックタイプの食料をポイと口に運んだ。紅茶にはこだわるが、他
の食料には特にこだわりは無いらしい。
 カズサはLDの外にいる野生化しているバイオソルジャーの研究や、地上の動
植物などの研究をしている異生物学者である。
「YS製薬と言えば、カズサさん。なにかしってる?」
「そうね。最近、ヴァーチャルヒューマンについていろいろ研究しているみたいね。
それで、体の無い精神だけの生物なんてナンセンスな考え方だけど」
 カズサの専門はバイオテクノロジーである。カズサにとって、ヴァーチャルヒュー
マンという存在そのものが許せないらしい。
「だいたい、ヴァーチャルヒューマン(VH)は肉体を持たないという意識体といわ
れているけれど、情報だけで人間が存在するなんて考えられないの。
 だって、VHとアーティフッシャル・インテリジェンス(AI)はどう違うの」
「う〜ん、難しいところですね。一応、AI、つまり人工知能は、結局なにかを制御
するだけの見せ掛けの知性ものなんですけど、VHはきちんとした人格があるん
です。
 それに、命令された事だけをこなすAIと違って、自分で考え、判断しています。そ
れゆえ、VHはさまざまな職業をもっているんです。たとえば、たちの悪いウィルス
をデリートするウィルスバスター。システムの警備員のようなシステムセキュリティー、
ソフトの医者といわれるワクチン、情報屋とよばれるハッカー、その逆の情報の
破壊や改竄を職業とするクラッカー、システムの案内人メッセンジャー、最近では
ヴァイドルなんて、VHのアイドルまででています。
 これらは、すべて人工的に造られたのではなく、ある基礎になる人格があって
その基礎になる人間の人格がソフトウェア-化したのがVHなんです」
「ふ〜ん、でも結局、VHは人格をもったソフト上の人間だとしても、成長もしない
し子孫を残す事も出来ないわけでしょ。彼らは果たして生命か? この命題につ
いてはどう?」
 カズサはマコトに対して教え子に宿題を出すように質問した。マコトは「う〜ん」
とうなった。
 そうして、親子のティータイムはこんな会話でいつものように進んでいた。

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