「シン!」
「ティア?」
お互いにこんな所で出くわすと思っていないだけに、お互いが、お互いの名前を呼び合った後、しばしの沈黙が流れる。事態が把握できないシャウティーは、呆然と2人を見ているだけだった。
「あれ?」と首をかしげるシン。
「どうしたの? シン」シンと同じように首をかしげるティア。
「いや、普通は、こんなところに露店はでないよね?」
シンはそういいながら露店の後ろを指差す。
シンの指差す方向は、何の変哲もない商い広場から抜ける道であり、露店はその道をふさぐようにできていた。
「ということは、ここに露店をだしちゃいけないんじゃない? この道を通る人に迷惑だもの」
「だから、変だと思わない? もしかしたら、あの子供は許可を取らないで店をだしたかもしれない・・・」
シンはため息交じりにそう言った。
「あのう、お二人ともお知り合いなんですか」
間延びしたシャウティーの質問は、少し重苦しい空気には場違いだったが、その重苦しい空気をなごやかにするのには充分すぎた。
シャウティーは、初対面の2人は、自分の関わっている事件と無関係ではないと直感する。
彼女は神官としての素質を備え、またそのように育てられた彼女にとって、この直感以上の確信はなかった。
「初対面で失礼かとは思いますが、同じ事を頼まれた人達のような気がして・・・・」
シンとティアは何のことだろうという表情をしながら、「「え?」」と同時に言う。
「私の名前はシャウティー・ラウケマップ。
月の女神ラクシェの神官です」
そして、シャウティーは、思い切ってここ、ストークに来てからの経緯を話すことにする。
---------------------------------------------
シャウティーは、ジョアンナという女性に助けられ、そのジョアンナに案内された先には、娼婦宿があった。
娼婦宿にはいると、娼婦達はここに訪れた男達に、夜の相手を決めさせるべく、牢獄のような部屋に押し込められていた。
しかし、彼女たちの目は輝いていた。彼女たちは、自分の魅力を十二分に見せるために工夫をし、実際、すべての女性の服装は、艶やかで、淫らでありながら、無垢な少女であるかのような視線を時折見せている。
そして、彼女たちが見せる、笑みは、慈愛が感じらる。
生まれて始めてそのような場所に訪れたシャウティーは、顔に火を付けたように真赤になり、ただうつむいてその場を通り過ぎるしか出来なかった。
「私達を軽蔑するかい?」
ジョアンナは自嘲気味にシャウティーに問いかける。
軽蔑なんて考えてもいなかったシャウティーにとって、ジョアンナの問いは、とても哀しく感じた。
そして、シャウティーが無言でジョアンナを見つめることが、ジョアンナに対しての答えになった。
「ふ〜ん、そうかい。あんたぐらいの娘がここに来るって事は、全然珍しくないし、12、3の娘だってここで働いているのさ。いろんな事情でここに来る。しかたないけど、それが現実さ。
だけどね。私達は体は売っても心までは売ってないんだよ。
その証拠に、この娘たちの目と笑い顔を見て見な」
ジョアンナは娼婦たちの輝く瞳と明るい笑顔が自慢だと言わんばかりの口調で言う。
ジョアンナの言うことは頭の中ではわかっていた。しかし、シャウティーは、それ以上に、このような世界があることすら知らず、それを知ったショックは隠せなかった。
「まったく、あんたは素直でいい娘だよ。好きだよ。あんたみたいな娘。
さあ、ついたよ。この部屋の中には4枚の絵がある。よく分からないけれども、その絵には何かしらの力がある。
それが邪悪なものかどうかは分からないけれども、神聖なものじゃないことは確かだ。
とにかくすごい力だ。
デミアスとかいう男が1週間ここで遊んだあげくに、代金の代わりに置いていったものなんだけど、見てくれないか」
どこと無く小汚いドアを開くと、至高の光に包まれて一瞬目がくらんだ。
そこは、純白の壁に囲まれた部屋であることが分かる。四方の壁には幻想的なまでにふくよかな体格の女性の絵が、それぞれの壁に立てかけられている。
シャウティーには、これらの絵画には、純粋な魔力が宿っていることが分かった。
それは正と出るか邪と出るかはその後の環境次第と言うことを直感する。
「でも、哀しみに満ちた感情がうっすらと残っているわ」
シャウティーはそう呟き、瞼を閉じると、心を解放しこの部屋にいるすべてのものに語りかける。
シャウティーはラクシェの神官である。
心を解放することで、さまざまなものと会話ができる力が得られる。
「何も恐れることはありません。私はあなたの言葉を聞きにやって来たのです」シャウティーは、絵画たちに語りかけた。
「わかったよ」少年の声が聞こえる。
その声はちょっとだけ間をおいて言葉を続ける。
「君はここにいる女の人達と同じような、優しさを持っているんだね。でも、君が来るまで僕の声を聞こうとしたのは君は初めてだ。
ゆっくり話をしたいけれども、僕の口から事情を説明している時間はないから、目の前の絵をじっくり見て」
シャウティーは、その声の言われるままに目を開き、4枚の絵画を観察した。
ある絵はシャウティーを挑発するように木のベットの上で気怠げに寝そべり、ある絵は誘惑するかのように、シャウティーの瞳を見つめ、ある絵にはその汚れ無き美しさに魅了され、ある絵はただ疲れて近くの木に寄り添って眠っているだけなのに、切なげに何かを無言で語っているかのようで目を離せなかった。
額の中の女性達は見るからに幻想的で、実際に存在しない女性であることは確実であったのだが、何よりも現実的な魅力があった。
「君を挑発するのは夕べの夢想、君を誘惑するのは昼の輝き、君を魅了するのは朝の目覚め、そして君が今見つめているのが夜のやすらぎ」
不意にさっきの男の子の声が、淡々と絵を紹介していく。男の子は茶色の巻き毛の少年で、愛嬌があり、賢そうな印象を受ける。
「あなたは誰?」とシャウティー。
「僕? 僕はパッセル。
正確に言うとパッセルの魂さ。僕の体は誰かに乗っ取られてしまっているんだ。それは誰かまではしらないけれど、君に助けて貰いたいのさ」
「どうやって?」
「簡単さ。この中にいる女性達を絵の中から解放すればいいのさ。この中にいる女性達を解放することで僕は救われる」
「パッセル? どう言うことなの?」
シャウティーの問いかけ虚しく、パッセルの切なげな眼差しがすべてを語るように少年の影は朧気となり、パッセルは消えて無くなった。1人取り残されたシャウティーは、夢かの中から現実に引き戻されたような虚無感に襲われる。
「どうだった?」
ジョアンナの問いかけが、夢からさめたことを確信させた。
「私はパッセルという少年を捜さねば成りません」
「パッセル? あの巻き毛でおませな坊やだね。
あの坊やならきっと公園で露店を開いているはずさ」
シャウティーがジョアンナの言葉に頷いた。
---------------------------------------------
呟き尾形 2005年4月10日 アップ
呟き尾形 2011年3月14日 修正
呟き尾形 2014年5月24日 修正
|