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4枚の絵画 夕べの夢想 3

 


●商いの広場
 天に輝く太陽は、すべての人を祝福するように微笑んでいる。
 ムーンティア・エクセリオンは、パッセルを元気づけようとフォルスの塔から外に出ていた。
「そこの君たち。
 君たちは面白い"力"を持ってるわね」
 ティアとパッセルに話しかけてきたのは、黒い衣を纏う神官だった。
 黒で統一された服を着る神官といえば、それは7邪神の神官である証拠である。
(暗黒神の神官が、こんな白昼堂々としているなんて!)
 ティアは、心の中でそう叫んでいた。
 一般に、邪神の神官は、野党やお尋ね者のように、忌み嫌われ、目の前の神官のように堂々と昼間することなどない。
 なぜなら、邪神の神官ともなれば、自分は犯罪者ですと自分で知らせているようなものだからだ。それだけ暗黒神の神官は忌み嫌われている。
 だから、せめて、神官の服はぬぎ、一般市民を装うものである。
 それが大胆にも、明るい太陽の下で目立つ、黒い衣のままでいるのだ。
 見るからに怪しそうな格好なのだが、なぜか彼には人に好感を持たせる空気を纏っているかのように感じてしまう。
 彼ともっと話していたいと感じさせるものがあるのだ。
 ティアはこの男は悪い人だとは思えない反面、なぜか訳の分からないモヤモヤとした狂気のようなもが感じられた。
 しかし、その混沌とした印象は、何かを期待させる魅力としても感じられる。既存の概念を打ち破る創造性とでも言えばいいのだろうか?
 もっとも、ティアなら「よくわかんないや」の一言ですませ、無視するのだが、不思議と目の前の男に興味を持ってしまうのだ。
 ティアは、見るからに怪しい目の前の男に、自分がなぜ、興味を抱くこと自体不思議でならなかった。
 魔法的な吸引力というべきなのか、ティアは、邪神の神官の存在感に圧倒されてしまった。
 邪神の神官は歳の頃は30代後半と言ったところだろうか?
 神官は優しげな笑顔でパッセルにブレスレットを差し出す。
「これはね。君みたいな"力"を持つ人間が持っていると幸せになるブレスレットなの。
 私にはもう不要の物だから、この"夕べの夢想"を君たちにあげるわ」
 パッセルは不用意にそれを受け取ると、ひどく怯えたように体をこわばらせる。
 それはそのブレスレットの形によるものか、それともブレスレットから感じられる受け入れがたい邪悪なオーラによるものかは判断がつきかねた。
 ブレスレットは、金で作られており、月明かりに照らされたような妖艶な蛇が、指にからみつくように首を出し、胴体は手首にからみついているかのように輪を作りブレスレットのとして形をなしている。
 そして、蛇の瞳にはルビーがはめ込まれ、その妖しさを引き立てている。
 ティアはそのブレスレットを見ると、その邪悪なデッサンを除けば、間違いなく、ジャール・デミナスの作品だと思えた。
 そんな風に戸惑うティアを無視して、闇王の神官は広場のお立ち台に登ると両手を広げて人々に語りかける。
「私の名はバルバロイ。
 見ての通り狂気の魔神アスタローデの神官よ」
 アスタローデ。
 7つの魔神と恐れられる邪神で、混沌の母ともよばれるアスタローデは、数多くの神々を生み出した神でもあった。
 神話の中でも、数多くの男神や英雄を誘惑しており、多くの子供を産み落としたという。
 アスタローデには娘が存在しないが、それは、アスタローデが、自分の美貌を保つために、自らが産んだ娘はすべて飲み込むのだともいわれている。
 この神話から、アスタローデは多くの人々から恐れられている。
 もちろん、ティアもパッセルもこの神話をしっている。
 二人は背筋を凍らせた。
 その二人の反応を見て満足げにサディスティックな笑みを浮かべ、バルバロイは言葉を続けた。
「アスタローデは、汝らへの神託を私に託した。
【北の洞窟に封じられた悪魔が再び蘇るであろう。
その前兆は死にながら生きながらえる亡者どもがこの街で前夜祭を行うであろう】
 と、汝らは10年前のわれらのツケを払わねばならぬ」
 バルバロイの通る声は商いの広場から少し離れている民家まで響いた。
 すると、1人の老人がバルバロイに声をかけた。
「もしや、あなた様は『悪魔退治』の時におられたバルバロイ様?」
 老人の言葉に頷くバルバロイ。
 群衆はその真偽にざわめくが、バルバロイは両手を広げ、そのざわめきを止める。
「確かに、私は老人の言う通り、バルバロイだ。私は、悪魔退治の時、バハトゥーンとフォルスと共に悪魔を北の洞窟で倒した。
 しかし、悪魔は命が事切れる前に、この街に呪いをかけたのだ。この街に住む者の心の影に狂気の種をまき散らし、10年後にその目が息吹くように。
 そして、亡者達の襲撃をきっかけに汝らが混乱して自滅することを夢見ているのだ。それが狡猾なる悪魔の手段。
 しかし、汝らは私の言葉を信じ、従えば、その危機を回避できるであろう。私はロレンツォ邸にお世話になっている。明日の夕刻にロレンツォ邸に集まるがよい」
 群衆はただ息を呑んでバルバロイを見つめるだけだった。バルバロイはそのまま商人の広場を去った。
 そんな群衆の中にティアとパッセルは立ち尽くしていた。
 パッセルは金のブレスレットとバルバロイにひどく怯え、ティアは、そんなパッセルの不安感が良く理解できた。
 なぜなら、自分もその不安感に支配されそうになったからだ。
「ティアさん。
 ティアさん。
 大丈夫ですか?」
 ティアは、不安の呪縛から解き放つような懐かしくも感じる声を聞いて、安心した。
 ティアに声を掛けたのはシャウティーだった。
 シャウティーは、情報を集めるために、街を歩き回っていたのだが、なかなか有力な情報は得られず、くたびれかけていたところに、ティアとパッセルを見かけたのだ。
 シャウティーは、パッセルになにか違和感を感じた。
(ティアさんの隣にいるのはパッセルさん? でも、あのパッセルさんではないわ。きっと絵の中にまだパッセルさんの魂が封印されているからだわ。だとすると今のパッセルさんに何を聞いても無駄のようね)
 それがシャウティーの結論だった。
 一方、ティアといえば、シャウティーと出会うことで、一瞬だけ安堵感を味わうが、目の前のシャウティーもなんだか困惑しているような、戸惑っているように感じる。
 外観だけでは全く冷静、あるいはおっとりしている彼女なのに、その心の奥底では嫌な過去を思い出しているようで、なぜか痛々しかった。
 ティアの洗練された感受性は相手の感情を強く感じすぎる。ティアはそんな風に苦しむ2人に何もしてあげられない自分の無力さが悔しかった。
『どうしの? ティア』そこにはいないはずのシンの声が聞こえる。
 太陽のような光の先にはシンのシルエットが見える。
(そうだ、シンの所に行こう)
 それは、ティアの単純な直感だった。理由なんて何もなく、ただ、シンの所に行けば何とかなるだろうと思えた。
 実際、今まで、そうだったのだから。。
「ねぇ、シャウティーさん、パッセル君。とりあえず白き雌鹿亭に行かない? ここはなんだか人が多すぎて窮屈だよ」
 シャウティーは、それもそうだと思い同意し、パッセルはティアの言うことなら何でも聞くと言わんばかりに頷く。
 ここでこの広場にいるより、100倍ましだと判断したティアは、とりあえず白き雌鹿亭を目指した。
 




呟き尾形 2006年7月30日 アップ
呟き尾形 2014年6月15日 修正

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