●夕べの夢想
(ああ、ティアさんやパッセルさんはどこかに行ってしまいましたし、シンさんとも会えませんでした。
そろそろジョアンナさんと約束していた時間ですし、ジョアンナさんの所に行きましょう)そうシャウティー・ラウケマップは小声でそう呟くと、娼婦宿の前についていた。
待ち合わせ場所にはジョアンナが待っていた。
「まってたよ。ついてきな」
ジョアンナがついたばかりのシャウティーに声を掛けると、シャウティーは無言でテクテクとジョアンナの後をついていった。
シャウティーはストークを出て、ジョアンナに案内されるがままに、ジョアンナの後を着いていくと、そこには小川あった。
小川の水は透き通り、太陽の光を反射して、宝石がちりばめられた板のようにも見えた。
その小川の川辺には、小屋があった。
ジョアンナはその小屋の扉を開くと、不釣合いなバラの甘い香りが漂う。
シャウティーが部屋を見渡すと、数え切れないほどの瓶が並んでいた。
「瓶の中身は全部、化粧品さ。
まぁ、あたしのコレクションってところさ」
ジョアンナは自慢げにシャウティーに言う。
「こ、ここは・・・」
「言ったろ、女の喜びを教えてやるって。
女ってのはね、自分が綺麗になることがとっても楽しく感じるいきものなのさ。
オシャレってやつさ。
誰のためでもなく、自分のために綺麗になれば満足できるのさ。
シャウティー、あんたはその楽しみを知らないと思って、女として、それを教えたかったのさ。
オシャレしなくても十分綺麗だけど、言ってみれば、それは宝石の原石のままって話さ」
「でも、オシャレなんて・・・」うつむくシャウティー。
「そうかい。じゃぁ、こうしよう。
あたしがあんたのオシャレを楽しむってことにしよう。
よし、決まりだ」
ジョアンナはシャウティーの返事を待たずに強引に話を進めた。
「じゃ、シャウティーは私より大分華奢だけど、ちょっと大きめの服を着た方が似合うと思うんだ。
それと、ここにある好きな香水をつければいい。
それに、自分を美しく飾ることは女の特権さ。
あたしは女だったことに神様に感謝するよ。
こんな女の喜びを与えてくれたんだからね。
おっと、化粧の前に、そこの小川で水を浴びてきな。
大丈夫、誰もいやしないよ」
そう優しくシャウティーに言うジョアンナは娘と会話しているようにも聞こえる。
そして、おもむろにジョアンナは服を脱ぐとふくよかな肢体を太陽にさらし、小川で水浴びをする。
「あたしはね。
いつもここで水浴びをするのが日課なんだ。
毎日好きでもない男に抱かれた汚れた体を、綺麗な水で清めるのさ。
シャウティーも今までの旅の汚れを落とすつもりでどうだい?」
ジョアンナの言葉を聞いて、戸惑いの気持ちが何となく吹っ切れた。
シャウティーはそこで水浴びで体を清めるように旅の疲れを流れおとすと、小屋の化粧品で化粧をした。
こんな本格的な化粧など生まれて初めてのことなので、うまくできなかったのだが、ジョアンナが手伝ってくれた。
「ほら、見違えるように綺麗になったよ。鏡を見てみな」
「え?」
鏡の中には自分ではない自分がいた。いままで、髪に花を生ける程度で満足していたシャウティーだったが、化粧という物ここまで自分の外見を変える物なのかと内心驚いていた。
軽くおしろいを塗り、唇には薄くベビーピンクの口紅を塗った。後はバラの香のする香水を首筋につけてた。
「女ってのは元々綺麗なものなのさ。
まぁ、その分、内面がどろどろしてるって所もあるけれどね」
ジョアンナは苦笑いをしながら言った。
「あの、ありがとうございます」とシャウティー。
ジョアンナはそっと微笑む。
すると、シャウティーは北の方角から無数の邪悪な気配を感じる。苦痛と哀しみを嘆く無数の声。そして、それらを統率し、支配する圧倒的な絶対悪が更に離れたところから彼らに何かを命じていた。
それは、自らが生け贄にされたときに感じたあの邪悪な力。どうしても受け入れられない絶対悪だった。
(封印が解けかかっている? あの絵は、あの邪悪な力の封印であるとでも言うの?)
シャウティーはそう自答自問する。
「どうしたんだい?」
「いえ、何でもありません」
昼の太陽が大分前に傾き、夕暮れ時を迎え、夕べの夢想の頃愛の話である。
呟き尾形 2006年11月19日 アップ
呟き尾形 2014年7月13日 修正
呟き尾形 2014年10月12日 修正
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