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呟き尾形の哲学講座
第35回 アリストテレス 幸福論3 正義の根拠

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
《めぐたん》:魔女ッ娘。生徒
【フォルス・テッセラ】:オチこぼれ占い師
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人


★★★
「こんにちわ。呟き尾形の哲学講座の生徒のムーシコスです」
 こんにちわ。同じく、生徒のはず・・・のクニークルスだよ。
《こんにちわ。ゲストのめぐたんなのだ》
【こんにちわ。なぜかここにいるフォルスですよぉ】
「今回は、適法と均等についてだったよね」
『はい。正義とは適法と均等であるということですが、まず、最初に、
適法ではない。ということは違法。ということになります。そして、
均等ではないということは不均等であるということになります』
 つまり、正しいというのは、適法と均等だ。ってことだ。
【はい。そして、正義とは正しいということですから、正義において
も適法的と均等的の二つに区別することができる。というわけですね
ぇ】
「じゃぁ、正義じゃないというのはどうなるの?」
『悪。ということになりますね。そして、悪とは、価値に対して分不
相応な利益を得ることです』
《ぶんふそうおうなりえき?》
 たいして、働いていないのにたくさんお金をもらったり、ずるいこ
とをして得することだね。
「ってことは、正義って、正して、分配を適切化することなんだね」 
『そうですね、つまり、正義とは、人が正しい道義であり、人が人を
守るための理屈だと考えて
います。決して表向きの大義名分のことではありません』
【そうですねぇ。たしかに、正義とは、人が正しい道義であり、人が
人を守るための理屈であ
るが故に人が決めるものではないんですよねぇ。いってしまえば、そ
もそも既に決まっているかの
ように”ある”ものではないのでしょうかねぇ?】
「ということは、1つの個人、1つの組織、1つの思想から正義が定
義するのじゃなくて、すでに正義とは定義されているってことなか?
『そう言えるでしょう。
 その意味において、戦争は悪であると私は考えます』
 攻撃されたとしても?
『はい。どんな正義を掲げようが戦争すること自体悪い。悪いものは悪
いのです。本来悪いものを悪くないと言い逃れをするような大義名分は
そもそも間違いです』
《でもなんか、ヘンな感じ》
「たしかにそうだよね。自分のみを守ることも悪なんでしょ?」
『自分の身を守ることは間違ってはいません。でも、だからといって、
暴力を正義とするのは正しくありません。自分は間違っていない。とい
う確信において行われる暴力は悲劇を生みます』
 仕方が無いことは仕方が無いけれど、仕方が無いことと正義は違うん
だね?
『その通りです。そして、戦争は何があろうとも悪である。ということ
をみなが認識できれば、結果的に戦争は消滅すると考えています』
 私は、正義とは能動的に決める(発明する)ものではなく、(結果的
に)受動的に決められる(発見される)ものなのだと考えます』
「え〜っと、難しくなったから確認するね。
 正義とは公正、公平があり、単に、正義の現れ方が異なるだけで、ま
さしく、正しい道義であり、人が従うべき道理だよ。ってことだよね?」
『はい。ですから、正義がたくさんあるという根拠にはなりません』
《あれれ、今回は、ありすとてれすの正義についてじゃなかったの?》
「あ、そういえば」
『はは、失礼しました。
 今回は、適法と均等が何か? ということを説明しましたが、これは、
アリストテレスは個人の正義ではなく、正義とは誰にとっても正しいこ
とという本質を見失わないように、適法と均等の2つの意味をもたせま
した』
「あ、つまり、アリストテレスの正義って、適法と均等が正義の根拠な
んだ!」
 そして、正義と名誉があるということは、幸福だ。といえるわけだね。
【やっと、アリストテレスの幸福論に戻れましたねぇ】
《すっかり、忘れていたのだヾ(  ̄▽)ゞオホホホホ》
 ということは、次回は、”観想的生活”についてだね。
 それじゃ、アルデベルチ。


 

★★★

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