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呟き尾形の哲学講座
第52回 ヘレニズム哲学 エピクロスの快楽主義3

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
《めぐたん》:魔女ッ娘。生徒
【フォルス・テッセラ】:オチこぼれ占い師
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人


★★★
「こんにちわ。呟き尾形の哲学講座の生徒のムーシコスです」
 こんにちわ。同じく、生徒のはず・・・のクニークルスだよ。
《こんにちわ。ゲストのめぐたんなのだ》
『こんにちわ。呟き尾形です』
「今回は、エピクロスが物事をどのように考えたか、というこ
とだったよね」
『はい。まず、エピクロスは、欲望の奴隷、快楽の奴隷になると、
不幸になると考え、そうならないためには、つつましい生活をす
ることだと考えました』
《つつましい生活って、なんだか貧乏くさいのだ》
 でも、前回の話だと、贅沢な暮らしは、結果的に不幸だ。
 って話にならなかった? めぐたん?
《だけど、それじゃぁ、ちょっとだけ満足できても、不満が残る
のだ》
『いえいえ、めぐたん。
 エピクロスは、少しの欲望を満たすことで大きな快楽が得られ
ると主張したんですよ』
「え? でも、めぐたんが言ったとおり、ちょっとだけ満足できて
も不満が残るんじゃない?」
『それこそが、欲望の奴隷になっている証拠なのです』
 え〜っと、つまり、エピクロスは、”苦”の無い状態と、持続的な
快楽こそ、幸福であると言う主張をしたわけだね。シニョール呟き尾
形?
『はい。そのとおりです。
 すでに説明したとおり、快楽による欲望を満たすということにおい
て幸福とすると、際限なく欲望が生まれます。
 そして、際限なく肥大化した欲望を満たすことは大変難しい事で
あり、なかなか欲望を満たせない状態になってしまいます。
 つまり、なかなか幸福を味わえない辛い状態になるというわけです。
 しかし、少しの欲望を満たすだけで、幸福を感じ取れるなら、そ
れは、いつでも好きなときに幸福が持続するわけです』
「あ、なんとなくわかった。
 たとえば、ずっとめぐたんがプリンを食べ続ければプリンの味に
飽きてしまって、いくら食いしん坊のめぐたんといえども、いつか
プリンを食べても幸せになれなくなるんだ」
《めぐたんは、くいしんぼうじゃないのだ。
 それに、いくらプリンを食べてもあきないのだ〜。
  毎日、プリンだけでもいいくらいなのだ〜》
 じゃぁ、それは明日から試してみよう。
《わーい。なのだ》
『実験の結果は、さておいて、エピクロスの快楽主義とは、快楽の奴
隷になることを拒否することにあるということになります』
「えっと、たとえばどういうこと?」
『エピクロスは大胆にも、飢えない、渇かない、寒くない。という三
つの自然的で、必要な欲望のみに絞りりました』
 な、なんだかシビアだなぁ。
「でも、飢えない、渇かない、寒くない。だけじゃぁ、なんかもの足
りなくない?」
 だからこそ、少ない欲望で幸福になれるんじゃない?
 たとえば、粗食であっても、空腹であれば、とてもおいしく食事が
でき、満足できる。
 たとえば、酒で無くとも、湧き水などで、のどの渇きは癒され、満
足できる。
 たとえば、暖かくなくとも、凍えなければいいと考えれば、暖房は
必要は無い。
 ってことだよね、シニョール呟き尾形?
『そうですね。
 とにかく、 飢えない、渇かない、寒くないということさえ満たさ
れれば、幸福です。
 とすれば、いつでも快楽を得られるということです。
「たしかに、そうだけど・・・やっぱりものたりないよぉ。
 ねぇ、めぐたん」
《明日から、プリン三昧、
 明日から、プリン三昧、
 明日から、プリン三昧、むふふふ》
「ああ、すっかり欲望のとりこになってる・・・」
『たしかに、ムーシコス君の言うこともわかります。
 私も、物足りないとおもいます。
 でも、エピクロスは、そうやって、アタラシアという、魂の平安さえ
あれば、満足感をいつでもえられれば、よいのだと考えたようです。
 たしかに、それで満足感が得られれば、幸福といえるでしょう』
 それに、せつな的な、感覚的な幸福感を持続させることよりも、心
の平静によって得られる幸福感の方が、人生を楽しめるものね。
『そうですね。
 たしかに、激しい欲望は制御されるべきです。
 心の平静は、苦を耐え忍ぶ支えにもなるともいえるでしょう』
 あ、なんだか、シニョール呟き尾形は、消極的だね。
『はは、私自身煩悩の塊みたいなところがありますのでね。
 正しいとは思いつつも、言うは易し、行うは難しです』
「なんだか、わかるような気がする。
 でも、歴史に名前が残るくらいの哲学者なんだから、たくさん賛同者
がいたんでしょ?」
『はい。次回は、これらのことを、エピクロスがどのようにそれを
説明したかを述べたいと思います。
 エピクロスが様々な不安(たとえば死への不安など)をどのように
考えて解消し、アタラシアを得たのか。ということについてです』
 それじゃ、アリデベルチ!



★★★

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