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呟き尾形の哲学講座
第64回 ヘレニズム哲学 ストア派のまとめ

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
《めぐたん》:魔女ッ娘。生徒
【フォルス・テッセラ】:オチこぼれ占い師
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人


★★★
.「こんにちわ。呟き尾形の哲学講座の生徒のムーシコスです」
 こんにちわ。同じく、生徒のはず・・・のクニークルスだよ。
《こんにちわ。ゲストのめぐたんなのだ(*⌒〜⌒*)/》
『こんにちわ。呟き尾形です』
「今回は、キプロスのゼノンとストア派についてのまとめだよ
ね」
『はい。
 まず、キプロスのゼノンは、ストア派という、欲望や感
情を抑えることで、幸福にいたろうとする禁欲主義の祖と
されています。
 キプロスのゼノンは、22歳のとき、アテネにでて、諸
学派について学び、講義をして絶大な人気を得ていたとい
われています。
 その、キプロスのゼノンの講義をした講堂は、ストア=
ポイキーレ(壁画のある柱廊)と呼ばれ、このことから、
キプロスのゼノンからはじまる学派を、ストア派と呼ばれ
るようになりました。
このストア派、感覚や欲望を抑える事で幸福にいたろうとする
禁欲主義のことを指し、ストイックの語源ともなっています。
 さて、ストア派の哲学の内容は、いかに賢明に生きるかを
究明する実践哲学を中心に、論理学、物理学、倫理学を研究
したそうです。
 そして、キプロスのゼノンによれば、自然と合致して
生きることが内的満足として、幸福につながると主張
しています。
 そして、キプロスのゼノンは、それは理性とも一致
して”心の平静”と呼ばれるものだともいいました。
 ストア派は、”いかに生きるべきか?”というと
いうことを探求した点ではエピクロスと似ています。
 しかし、ストア派の哲学を禁欲主義とよばれるように、
そのアプローチの方法は、快楽主義のエピクロスとは
大きく異なっているといえるでしょう。
 エピクロスは、なるべく少ない快楽で満足することを
説いたのに対し、ストア派が選んだ方法は、エピクロスとは、
逆に感覚、欲望を理性によってコントロールしようと考えた
のです。
 解脱というのは、欲望とかそういったもの束縛から
解放されて、安らかで自由な悟りの境地に達すること、
まぁ、一般的には、悟ることです。
 悟りというと、どこか神秘めいた印象を得ますが、スト
ア派は、むしろ、論理学と自然学の理論するなと、論理構築
をなによるも重視したのです。
 ストア派がもっとも重視したのは、世界、自然を秩序付け
ているものは”ロゴス”
 つまり、理性であると主張しました。
 ですから、トア派は、当然、人間の魂の中にある理性がロ
ゴスに相当するものだとかんがえたのです。
 ですから、理性に従って生きることこそ、自然の秩序に
従う、つまり、ロゴスに従うことだと考えました。
 このとき、欲望や快楽そのものは、自然なことではないか?
 という指摘があります。
 しかし、大抵の場合、人間の持つ、欲望や快楽の欲求は、
自然、最低限生きるためのもの以上のものを求めるものと同意
になってしまいます。
 たとえば、人は確かに欲望を持っているのは自然なことです。
 しかし、食欲は生きるために必要なものを満たせばいいので
しょうが、パトス(非理性的感情)が強く、食べたいという気
持ちだけで、食べてしまうと、食べ過ぎておなかを壊してしま
います。
 これでは自然なこととはいいません。
 つまり、欲望や快楽が、理性を曇らせる事にいたるのでは、
自然だとはいえないとストア派は考えたのです。
 この点はエピクロスの快楽主義と非常によく似ています。
「エピクロスも同じような事、いってなかった?」
 エピクロスは、理性に過剰な欲望を抑えるのではなく、自然
な欲望で満たされたとしようという考え方でした。
 一方、ストア派は、ロゴスを根拠に過剰な欲望を禁止した
という違いになります。
 エピクロスもストア派も、考える視点の違いで、目的は同じ
だといえるのかもしれません。
 エピクロスは、少しの欲望を満たすことで大きな快楽が得られると
考え、”苦”の無い状態と、持続的な快楽こそ、幸福であると考えま
した。
 つまり、欲望を禁じるわけではなく、制御しようとしたのです。
 それに対して、ストア派は、強い自制心をもって、禁欲し、情念
と欲求に惑わされること無く理性の身に従う理想を達成できる不動
心(アパティア)に達することが求めたのです。
 つまり、欲望を禁じることで、強固な理性を求めたといえるで
しょう。
 次に、ストア派の思想についてですが、ストア学派の思想は次の
ようなものだったとされています。
 人間はこの宇宙理性を有するから万民は平等であると考えました。
 そして、ただひとつの真なる善は徳です。
 さらに、そのただ一つの善にたいするただひとつの真なる悪は道徳
的薄弱であるとストア派考えました。
 そして、ストア派は、他のいっさいのものは善悪とは無関係であ
るとしました。
 そこで外物にわずらわされることなく内部的な精神的自由を保ち、
平静・不動のアパティアのある生活を送る人こそ賢者であるとしま
した。
 そして、ストア派は、宇宙という世界において物質を神とし、
それを形づくる理性的秩序のことを必然的法則の支配によるもだと
しました。
 これは、この世界にある物質は、偶然に創られたものではなく、
何らかの法則によってなるべくしてなったものということです。
 そして、その法則というのがロゴスというわけです。
 ストア派は、上述したとおり善とは徳であり、徳のある人は、理
性に従う生活をしているものだとしました。
 また、ストア派は、混沌としたヘレニズムの社会において、個
人を国家、民族を超越した直接普遍的世界の一員として位置づけ
る世界観をもちました。
 この世界観によってストア派は、コスモポリタンとなって、世
界市民主義という立場に立って一つの世界国家を実現しようとし
たそうです。
 この、世界市民主義というのは、世界を共通の祖国とする同郷
人であるという考え方です。
 これは、ストア派が、人間の魂もまた、ロゴスに従っていると
考えていることからはじまります。
 人間は、ロゴスすなわち、神の理性を共有している点で、すべ
て仲間であり、なのだとしています。
 この人間に関するストア派のこのような考えは、人間の尊厳
を非常に高めました。
 それと同時に、人間を神にも等しい地位につかせるものでし
た。
 さて、長い講座でしたが、以上がキプロスのゼノン、ストア
派のまとめでした。
 って、めぐたん!!!』
《。。。(*_ _)。o○
 (;'◇')
 おわったのか?》
「みたいだよ」
『みたいって・・・ムーシコス・・・』
 細かい事はキニシナイ。
 それじゃ、アリデベルチ。

★★★

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