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呟き尾形の哲学講座
第69回 ヘレニズム哲学 新プラトン主義
        一者について➀

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
《めぐたん》:魔女ッ娘。生徒
【フォルス・テッセラ】:オチこぼれ占い師
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人


★★★
「こんにちわ。呟き尾形の哲学講座の生徒のムーシコスです」
 こんにちわ。同じく、生徒のはず・・・のクニークルスだよ。
《こんにちわ。ゲストのめぐたんなのだ(*⌒〜⌒*)/》
『こんにちわ。呟き尾形です』
「今回は、一者と人間の関係だったよね」
『そうですね。
 まず、新プラトン主義のプロティノスは、生きているうち
に、一者という存在と直接的な関係が持てると主張しました』
《ええ!(/||| ̄▽)/
 じゃぁ、”いっしゃ”の人に会えるって事?( ̄_ ̄|||)》
 いや、めぐたん、一者は人じゃないから。
『話を進めます。
 プロティノスは、生涯のうち、何度か神との合一を体験し
たとされているが、プロティノスの功績は、神秘主義思想を
体系的な哲学としてまとめたことにあるといえるでしょう』
「ふ〜ん、でも、人って、そうした精神的なもの
より、形あるものとかが重要になっているんじゃないかな?」
『そうですね。
  一般に、人間は、感覚は重要です。
 そこで、プロティノスは、それを、物質的世界にはまり
込み、堕落している状態にあることを意味すると指摘
しています』
《ほえ?( ̄ε ̄;)
 なんでなのだ?(◎_◎;) 》
 それはね、流出したということは、結局、完全な存在で
ある”一者”から、こぼれ落ちた存在であって、不完全
なものを求めてしまっていては、”一者”に近づけない
ってことさ。
 めぐたん。
「そっか、やっぱり、どうせなら、完全をめざしたい
ものね」
『そうですね。
 そこで、プロティノスは、”一者”からの流出に
ついて、考えました。
 まず、”一者”からの流出は、ヌース(知性、精神、理性。
イデアを認識するための理性的能力のこと)から魂を経て、
段階をふんで質料(物質的な存在)に行き着くというのが、
流出の順番だと』
「それは、物質的な存在が一番、”一者”に遠いってこと
だね」
『その通りです。
 そして、質量の中でも、一番最低の状態とは、闇であり、
闇は、光の欠如した状態のことだとプロティノスは考えました。
 そして、いわゆる悪は、一者からの光が欠如した状態の
便宜上の呼び方だとしました』
「つまり、光が当たらない分、悪くなっちゃうってこと?」
 光が届かないから”一者”から遠ざかるってことなんだ
ね。
 ここで言う善は、いかに”一者”に近いかどうかで
判断されるということだね。
 シニョール呟き尾形。
『はい、その通りです。
 プロティノスの判断基準は、まさに、”一者”に近いか
遠いか、つまり、光がどれくらい当たっているかという
ことです。
 ですから、プロティノスは言います。
 我々は、こうした物質世界への下降を喜ぶことを止めて、
”一者”へと自分を向上させねばならぬ。
 と』
《ほえ? 美味しいと思うこととか、きもちいいとおもう
ことが悪いってことか?(゜ロ゜ノ)》
『いいえ、めぐたん。
 人間の質料的な側面は、言ってしまえば肉体です。
 この肉体に固執してしまって、欲望に染まることによって
光の当たりづらくなり、悪や災いを引き起こすということ
です』
 つまり、物があるから幸せだとか満足するのではなくて、
”一者”からの光があるから、幸せだとか満足するという
ことなんだね。
 物だけに固執してしまうと、光に遠のいた存在に意識が
行ってしまうから、それよくないこと。
 というのが、プロティノスの考え方なんじゃないかな。
 めぐたん。
《でも、でも、なんで、”いっしゃ”に近づかないと
いけないのだ?(@0@)》
『そうですね。
 それについては次回にしましょう。
「じゃぁ、詳しくは次回ということだね」
 そいうことだね、それじゃ、アリデベルチ。
 

★★★

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