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呟き尾形の哲学講座
第87回 中世哲学 教父哲学
      アウグスティヌス 終末論

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
《めぐたん》:魔女ッ娘。生徒
【フォルス・テッセラ】:オチこぼれ占い師
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人


★★★
「こんにちわ。呟き尾形の哲学講座の生徒のムーシコスです」
 こんにちわ。同じく、生徒のはず・・・のクニークルスだよ。
《こんにちわ。ゲストのめぐたんなのだ(*⌒〜⌒*)/》
『こんにちわ。呟き尾形です』
「今回は何についてなの?」
『今回は、アウグスティヌスの終末論についてです』
《ふに、しゅうまつを気にするなんて、お固い哲学者も人の子な
のだ(*⌒〜⌒*)》
 もしかして、週末のことだと思っていない? めぐたん
《ち、ちがうのか?( ̄ε ̄;)》
『一般に、終末論というと、現世の最後についての教説のこと
です。
 大抵の場合、個人や人類の死を論じ,救済・審判や復活・転生
などを問題にすることが多いですね』
「アウグスティヌスの終末論って、どんなのだったの?」
『アウグスティヌスの終末論は、パウロやヨハネの黙示録によって
キリスト教に導入された、ユダヤ教の終末観によって、救済される
ということを論理的にまとめました。
 このアウグスティヌスの終末論によって、人類の歴史は目的と意
味を持つようになったといえるでしょう』
「どういうこと?」
『アウグスティヌスは、最終的に人類が目指すべきものは何かを
提示したといえるのです。
 といいますのも、アウグスティヌスは、原罪を抱える人類は、全
て悪であると考えていました』
《ふに、めぐたんは悪い事なんてしていないのだ(>_< )( >_<)》
『いえ、原罪というのは、個人の罪ではなく、人類という種族の罪
です。
 原罪というのは、キリスト教で、人類の祖、アダムが犯した最初
の罪のことです』
《アダムは、どんな悪い事のしたのだ?(・_・?) 》
『蛇にそそのかされたイブとともにアダムが神にそむいて禁断の木
の実を食べたことが旧約聖書創世記に記されているそうです。
 アダムの子孫である人間は生まれながらに罪を負うとされるとい
うものですね。
 なぜなら、堕落前のアダムは、自由意志をもっていたのであり、
原罪を犯さないでいることも出来たはずでした』
「えっと、アダムが堕落したのは、アダムに責任があるってこと?」
『はい。その通りです。
 アダムは、自分の意志で、イブと共にりんごを食べてしまったわ
けです。
 そして、その罪が子孫に伝わったのであり、アダムの子孫である
人類はアダムの子孫であるというだけで、原罪をかかえていると、
アウグスティヌス考えました』
 つまり、原罪をかかえるからこそ、人類は、神に創造されたにも
かかわらず、神に従うどころか、神に反逆することもあるし、神から
離れていった人間が存在しうるわけだね。
 シニョール呟き尾形。
『はい、そのとおりです』
「だったら、人類、すべてが堕落するんじゃない?」
『いいえ、人類はたしかに原罪を抱えていますが、だからといって、神と
人類は絶つ事はできません』
 つまり、神と人類の間には、絶つことのできない絆があり、その絆の
象徴が、イエスであるとアウグスティヌスは考えました』
《おお、ここで、イエス・キリストが出てくるのか(◎_◎;) 》
『そうですね。
 アウグスティヌスは、この考え方で、神と人類の絆を修復する方法は、
キリスト教に帰依すること、つまり、洗礼を受けることだと考えたのです。
 そして、キリスト教において、洗礼を死ぬ者は、たとえ幼児でさえ地獄
の責め苦を逃れ得ないとし、洗礼を受けた者のうち選ばれたものだけが、
救済されるのだとアウグスティヌスは考えたのです』
 それじゃ、アリデベルチ。 
 

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