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呟き尾形の哲学講座 
第177回 近世哲学 デカルト  神の存在証明 1

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呟き尾形の哲学講座
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登場人物紹介
『呟き尾形』:講師・・・のはず
クニークルス:奇妙な物言うウサギ。生徒のはず
「ムーシコス」:音楽の好きな少年。生徒。
《めぐたん》:魔女ッ娘。生徒
【フォルス・テッセラ】:オチこぼれ占い師
※各台詞は、名前を囲んでいる括弧の人


★★★
『こんにちは。呟き尾形です』
「こんにちわ。呟き尾形の哲学講座の生徒のムーシコスです」
 こんにちわ。同じく、生徒のはず・・・のクニークルスだよ。
《こんにちわ。ゲストのめぐたんなのだ(*⌒〜⌒*)/》
『こんにちは。呟き尾形です』
「こんにちわ。呟き尾形の哲学講座の生徒のムーシコスです」
 こんにちわ。同じく、生徒のはず・・・のクニークルスだよ。
《こんにちわ。ゲストのめぐたんなのだ(*⌒〜⌒*)/》
「今回はデカルトの哲学についてのどんなお話なの?」
『今回は、デカルトの神の存在証明についてです』
《カミってカミサマのことか!(*゜0゜)》
 めずらしく、勘違いなしだね、めぐたん。
《当たり前なのだ(#^ω^)
 神棚に紙がはってあるからな(*´σー`)エヘヘ》
「それって、神棚のお札とか紙垂があるからとかじゃぁ・・・」
《あたりまえなのだ(*゜▽゜*)
 カミを飾っているからカミサマなのだ♪(o´▽`o)ノ
 疑いようもないものだから、存在しているということをデカルトはいいたかったのか、簡単だな。(*^ε^*)o》
『い、いえ、デカルトが存在を証明しようとしたのは、キリスト教の信仰対象になっている神です』
「信仰しているなら、証明する必要がないんじゃない?」
『デカルトは、欺く神・ 悪い霊を否定し、誠実な神を見出すために、神の存在証明を行いました』
 そっか、真となる神があるけれど、神様は、実際、手で触ったり、目で見ることもできないから、偽りの欺く神や、神様の名を語る悪い霊もありえるわけだものね。シニョール呟き尾形。
「そうした偽りの神様と真の神様を見分けるためには、神を存在証明できればいいってわけだね」
《ふに、答え合わせの答えを作っておけばいいってことか?(?_?)》
『多少誤解はありますが、疑えない真を明確にしておけば、真偽は見分けることはたやすいということですね。
 さて、デカルトは第一証明として、私の精神の中には絶対に完全な存在という観念があるとしました。
 これは、私たちの知は常に有限であって間違いを犯しますが、そもそも、有限であるということを自覚するためには、実は無限の観念がなければ、有限という概念は存在しえないということを意味するとデカルトは考えました』
「そもそも、知らないことは認識できないしイメージすらできないけれど、知らないという自覚をするには、知らないなりに、認識できているはずだし、何らかのイメージがないとできないって話だね」
『はい。
 つまりあらかじめ与えられていなければ、概念すらもてないということです。
 たとえば、リンゴが実際に目の前にあったとしても、リンゴという概念がなければ、リンゴ自体をリンゴとして認識できないということです』
《めぐたんがケーキのことを知らなければ、おやつにケーキだといわれててもうれしくもなんともないし、ケーキを食べたいともおもわないし、クニークルスがケーキを盗み食いしても、盗み食
いに気がつけないということだなだな(^∇^)》
 ギク
《むむ、まさかクニークルス!Σ(=゜ω゜=;) !?》
 まぁ、こまかいことは気にしない。
 第一証明があるってことは、第二があるんだよね、シニョール呟き尾形。
『はい。
 第一証明に強い関連があります。
 神という絶対完全な概念がありますが、第二証明では、この世の中には絶対完全なものは存在しないというものになっています』
「だよね」
『そして、第三証明で、継続して存在するためには、その存在を保持する力が必要であり、それは神をおいて他にない。としています』
「そっか、概念といえど、本当に存在しなかったら、見ることも触ることもないし、ましてやそんなものを思いだすこともないし、存在するためには何らかの力がなければ、みんな忘れちゃうもの
ね」
《でも、なんでみんな神様のことわすれないのだ?(||@Д@)》
『まぁ、一つは、神を信仰する行為でしょうね。
 一般には、習慣として神にかかわる祈りや儀式をしているとかですね。あとは、冠婚葬祭など儀式やさまざまな行事やお祭りでは大抵神様が関わります。
 そうした中、習慣として継続されるということは、信仰が存在し続けていることを意味します。
 そうした力が、あるとデカルトは考えました。
 証明をまとめてみましょう。
 第一証明 私の精神の中には絶対に完全な存在という観念がある。
 第二証明、ところがこの世の中には絶対完全なものは存在しない。
 第三証明、このとき、継続して存在するためには、その存在を保持する力が必要であり、それは神をおいて他にない。
 と言うことですね』
 それじゃ、アルデベルチ。





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